“主君とともに”生きることが美徳とされる哲学

先週から忠臣蔵の決算書という本を読んでいます。ふと昔の日本人はどんな風にお金を管理してたのかなと思い購入しました。

また大学の専攻が経営・会計だったので、その分野に関する興味関心があることも理由のひとつです。

いまの日本の会計制度の基礎はアメリカから伝わってきたものとされています。 戦後にGHQ指導のもと広まったものであるようです。

しかしその前にも商売は存在したわけですし、その時はどうしてたのでしょうか。 そんなことを知りたくなったわけです。本書は文庫本なのですが専門用語と登場人物が多いため、読むのは結構大変です。 なので普段よりもじっくり読んでいます。

そんなわけで1章読み終えて記事を書きたくなったので書いています。

“主君とともに”生きることが美徳とされる哲学

本書では兵庫県赤穂市であった赤穂(あこう)事件を取り上げている。

この事件を介して、どのような資金調達と資金管理を行っていたかが明記されている。 当時の文献としては多くの資料が残っているため、こうしたテーマで書き上げることができたと著者は述べている。

さて、第1章を読み進めるなかで気付いたことのひとつに、武士と主君の関係があることが挙げられる。教科書で目にすることはあると思うが、精読する機会はそう多くないだろう。

今回はその関係性と武士側の心情、そして現代に置き換えた場合の共通項を記することにする。

主君と家臣という関係

家臣(赤穂藩士)と主君(赤穂藩主)の関係を説明する。

内匠頭(たくみのかしら)という人物が上野介(こうづけのすけ)に切り掛り、殺人未遂を犯した。 これが赤穂(あこう)事件の発端である。

斬りつけた内匠頭は赤穂藩主、つまり主君だ。
斬り付けられた上野介は江戸城の高家、つまり貴族で裕福な家柄だ。

その後、当時の将軍である徳川綱吉によって切腹を命じられ、内匠頭は自害。
一方の上野介は無罪放免、構いなしとの判決を受けた。

殺害理由は諸説あるため断定はできないが、文献から察するに汚職や理不尽な税徴が動機であったとされている。

主君がいない、それは生きる価値無し

「武士の一分」という言葉が生まれたのはこの頃からだとされている。
“侍や武士が命を賭けて守らなければならない”という心情を表現したものだ。

言い換えれば、彼らの生きる道は主君ありきであること。
またそれが絶対視されている社会であったと言える。

本事件で藩主(主君)である内匠頭が亡くなり、藩士(武士)たちはどのような心情であったのか。

本書では次のように説明している。



問題となったのは、上野介の生死である。
主君が上野介に斬りつけた以上、当時の武士の常識感覚ではこれは明らかに喧嘩であって、天下の大法である喧嘩両成敗法に基づいて上野介にも同等の処罰がなされる必要があった。上野介の存命を見過ごすようでは、家臣として「武士の一分」が立たないので…(中略)最終的にはその嘆願は受け入れられなかった。

つまり、当時の考え方として家臣の存在意義は主君であり、また当時の法に基づく実働がないことに不満を抱いていることが読み取れる。

根底にあるのは”主君とともに”生きること

その後の藩士たちの動きはこうである。

同胞たちに声をかけ上野介を打ち取ろうとする動きが始まったのだ。 これが例の赤穂事件へと発展する。

この時の仕切り役は大石倉之助であり、活動はもちろん資金面の調達管理も彼が行っていた。続きは第二章から再開するため、今回はここまでの概略となる。

ここで再度主張したいことは次の通り。

当時の武士の生き方は主君ありきであり、それほどに主君の影響力が強かったことが読み取れる。

主君っぽいのがいっぱい存在している現代

比較すること自体間違っているという考えもあるだろう。
なぜなら時代が全く違うもの同士を比較しているからだ。

しかし価値観や本質というのは今も昔も変わらない。
考えの中心にあるものは、形は変われど同じであると僕は思う。

自分の好きな主君を見つけていけば良い

さて、彼らの社会観と僕らの現代を比較して、”個人との直接的な繋がり”を感じる。

言い換えれば一人ひとりとの関係が密接であった、と言えるだろう。

藩主である主が亡くなり、やり切れず、綿密な計画を立て、暗殺を画策する。
これを突き動かしたものは何かと読み解くと、それは藩主との繋がりではないだろうか。

絆、信頼、こうした少し言うのが照れるようなものが彼らにはあった。
対面で日々向き合い、ともに過ごし、生きていく。
そのなかで育まれた繋がりが、価値観にまで成長したのだと思う。

一方で現代に置き換えると主君はなんだろうか。

己が主君をそれぞれがもち、自由に生きている。
主君に値するものは無限に存在し、それを縛る法律もない。

つまり、自分が信ずる道はどんなものでもいい、ということだ。

ここで難しいのは、当時のように価値観が統一されていない為、周りとの調和が難しい。上手く合わせながら生きることが時には必要である一方で、人は群れたがる生理をもつ。

それ故にあらゆる考え方を目の当たりにし、生き方がぶれていると揶揄されてしまいがちだ。

しかしそれでいいのだ。

現代は刀も暗殺も無い。
命を落とす危険性はほぼゼロに等しい。
価値観や主君が違えば対立が生じるが、それで人生が終わる訳では無いのだ。

むしろ限られた人生で、自分の夢中になれる、これが無いと人生生きてて意味が無い、そうしたことに打ち込む時間の方がよっぽど有意義である。

そうすればもっと気楽に現代を楽しみながら生きていけるのだと僕は思う

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▷山形県天童市出身▶︎青年海外協力隊員 ▷jocv 2018-2 コミュニティ開発(農作物栽培×地域活性化) ▶︎大学卒業後→経理財務→焼肉屋→現在▷心地よい生活を求めライフスタイル探求中▶︎料理とお菓子作り好き▷色んなものを疑いながら日々生活中