住居も食事も身分証明書もぜんぶ無し 波乱の幕開けのボストン生活 USA,Boston(2)

ついに始まった語学留学

僕がこの留学プログラムの初代だった話から

僕の出身大学の青森公立大学は経営経済学部しか学部が存在せず、教育学部や国際異文化といった学科はありませんでした。

しかし入学した大学1年の夏に来年から始動する語学プログラムがあることを聞きました。

内容としては3ヶ月間アメリカ合衆国ボストンの語学機関で学べるというもの。初の試みということもあり、大学側も単位振替や学費補助など面倒も見てくれるということで、これはやるっきゃないと決意。

 

成績や他活動も評価していただけたおかげで、教授会の審査も通していただき出国が決定したのでした。審査が通る前はもちろん、出国前まで必死に拙い英語を伸ばすことに必死だったことを覚えています。

 

当時英語学習をしていていくつか思い出す節があるのですが、文法と単語力だけは土台として必須だったなと感じます。

「どうやって話せばいいんだ」と悩んでやみくもにリスニングやシャドーイングしていましたが、中学高校で習った文法レベルを一通り復習すると、大体使う表現や文法がコレだ、と分かってくるようになります。

例えば「Can I~」「Do I ~」「I want to~」など本当に簡単な文法から口に何度も繰り返し練習していくうちに、口が発音に慣れてきます。続けて耳もその音を聞くので慣れてきます。

あとはそこに名詞や動詞といった自力で覚えた単語をあてはめればそれなりにコミュニケーションできます。そんな風にして勉強するのもオススメです。

そうはいっても人によって得意不得意があるので、得意な部分から伸ばしていくのが良策ですね。悩んでても前進しません。とりあえずやってみるのがいいと思います。

前置きが長くなりました。
ついに現地へ到着です。

 

 

ローガン国際空港に到着

国際線も多く日本からの直行便も飛んでます。

25キロのスーツケースと30ℓリュックを引っ張り。予定ではここで現地のスタッフと合流しタクシーで寮まで案内してもらうことになっている。

1時間待っても来ない。

怪しい。それよりまだ全然話せず聞けない状態なので単純に不安に駆られる。

日本と12時間の時差があるのですが大学スタッフへ連絡すると「なんとか自力で行ってください」と他力本願のお返事。たぶん僕の行動力や腹のくくり方はこの辺から実装され始めたと思う。

 

ガラガラとスーツケースを引きながら電車に乗り込み大学の最寄り駅まで向かう。一人で自分しか信じる者が無い状況に追い込まれていたので本気でモノを考えていたことを覚えている。

なんとか乗り継ぎ事務所オフィスまで到着。

 

まずはこの荷物を置く部屋に案内してもらおう。事務所の窓口にいる男性へ挨拶をすませ、住居費支払済みの証明書を見せた。

するとリスニング力が乏しい当時の僕でも聞きとれるくらいはっきり彼はこういった。

 

波乱の幕開け

『駄目ですね。部屋が無いです。』
『No, you don’t have a room.』

部屋が無いと告げられた。

始めなにを言っているかよく分からず、とりあえず必死にその書類を机に乗せ男性にグイグイ見せつけていた。笑

初めて異文化に触れるってこういうことかと感じたのをよく覚えています。日本の当たり前はあたりまえじゃないとこうした点から感じました。当然こうした感覚は日本から出なければ感じることは難しいです。ただ結局この件は後日きちんと払ってあることが証明され、偉い方々がわざわざ謝罪しに来てくれました。

 

というわけでとりあえず部屋が無いらしい。笑 住むところが初日から無いというのは、英語が話せず単身放り込まれた身としては大変だった。

 

身分証明書なるもの

『まずIDカード持ってませんね。作ってきてください。』

こちらの書類見せつけ主張も実らず、その男性はIDカードを作ってこいと僕にいう。

 

彼の主張はこうだった(と思う)。

①まずIDカード(身分証明書)を別の事務所で発行②IDをもとに住居関係の手続きしてあげるから③お金の件は後日なんとかするとしてとりあえず今日はどこか空いてるところ入れてあげるよ

ということでIDカードをつくる旅にでる。

 

荷物が重いので預かってくれと伝えると、理由は分かんなかったが突き返される。

この頃はまったく聞きとれなかったので理不尽さが倍増していた。笑

ガラガラ引っ張り10分ほど歩くと別の事務窓口に到着。

 

そういえばこの日は日曜日

もっと落ち着いて考えるべきだった。
到着してからそう思ったところで遅いのだけれど。

事務所は閉まってた。笑

 

汗をかきながら再び住居事務所へ。なかなか口に出せなかったけど、めいいっぱい怒りを込めて男性に訴えた。

まあまあ、みたいな表情をみせる男性。すると今度は鍵のオフィスにいくよう指示してきた。

ここではどうしようもないからとりあえずそっちへ行け(ということだったと思う。全部推測です。笑)。

郷に入ってなんとやらなので、とにかく行ってきました。

そして不思議なことに二度あることは三度ありました。

 

鍵のお姉さん

『それは無理よ。部屋番号が分からなきゃ貸せないわ。』

アジア系の女性でとても英語が聞きとりやすかったのを覚えている。それゆえにその言っている悲しい事実もしっかりと聞きとれた。

 

やっぱり部屋は無いらしい。

しかし僕の苦労を気遣ってくれてか、その場で誰かと電話をし始める。電話を終えるとその女性は笑顔でついてきてと案内してくれた。

さっきの傍若無人男性とは大違いだ。ついてゆくとこんなオフィスに到着。ここで男性が帰ってくるのを待っててという。

1時間くらい待ったころにその男性が現れた。

 

突然の鍵ゲット

『はい、鍵どうぞ。』

それはもう本当にびっくりするくらい簡単に鍵をくれた。一切の書類も身分提示も無しにもらえたことに少し不安を覚えながらも鍵ゲット。

そのままその男性に連れられ寮まで連れて行ってもらった。ちなみに13時に空港に到着してこの時すでに20時を回っていた。

満身創痍でスーツケースを引きながら寮の入口に到着。男性が所有しているIDで一緒に建物へ入る。

ようやく部屋とご対面。鍵を開け荷物を置き地べたに寝転がる。

 

あ、忘れてた…

そういえばIDカード。

さっきのオフィスが閉まっているとき同様に、なんとかその場でよく考えれば良かった。

あの男性ここの建物開けるときにIDカード使ってた。いま僕持ってない。ということは扉開けられない。一度外に出たら入れない。外にご飯買いに行けない。

もうなんだろうかこれはと思った。笑

 

最後の最後に

証拠写真こそ残っていないのだけれど、最後にすごいことをやってしまった。

部屋にある本当に小さめのくぼみの様なモノがあって、どこかの電気かなと押してみた。

凄まじいサイレン音と発光が建物内に鳴り響く。10分後にレスキュー車3台が到着。

 

非常ボタンだった。

 

発信源の特定こそされなかったけれど、もう駄目だと心の底から思った。

残念ながら次の日も被害に見舞われます。

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ABOUTこの記事をかいた人

▷山形県天童市出身▶︎青年海外協力隊員 ▷jocv 2018-2 コミュニティ開発(農作物栽培×地域活性化) ▶︎大学卒業後→経理財務→焼肉屋→現在▷心地よい生活を求めライフスタイル探求中▶︎料理とお菓子作り好き▷色んなものを疑いながら日々生活中