命の差ってなんだろうか

こっちにきて9か月目。
久しぶりに深く考えたくなる経験をした。

 

命の差ってなんだろうか

 

よく目にするようなテーマである。ありきたりだなと書きながら自分でも思う。

ただ実際にその現場を目撃するとそう綴ってしまう。生きるってなんだ、平等ってなんだ、境遇ってなんだ。

出会ってしまった以上、僕は考えなくてはいけない。

 

マラリア感染者の病室

栄養調査の途中のこと。同行のCHV(Community health volunteer)が病院に寄りたいと言い出した。

娘が入院しているのでようすを見たいという。

病棟に入ると朝にも関わらず薄暗い。

病院と言っても地方の私立病院。
公立病院と違い設備もスペースも限られている。

ベッド数や医師の数はお察しの通り。

2階建ての病院であった。
1階は受付や施術室。
2階が病室。
大人と子ども向けに分かれている。

 

その病棟の奥角に彼女の娘は横たわっていた。左手に点滴の管を刺しながら辛そうな表情を浮かべていた。

挨拶をすると弱々しく笑顔を返してくれる。1,2分ほど会話をすませ病室を出た。

 

幼児の死

今日も調査前に病室を訪れた。
娘さんは変わらず辛そうな表情であった。

 

ケニア共和国はマラリア感染地域である。

マラリア予防薬は割と地方にも出回っている。各国の支援団体の寄付、ケニア政府の補助金、そのルートは多々。

感染率は徐々に低下しているものの、その被害者は確かにいる。日本では馴染みがないが、現地で生活してみるとその人数の多さに驚く。

 

そんななか乳児の死亡が今朝報告された。

報告というか、母親の泣く姿を病棟でみた。

抵抗力のない、また薬の服用の難しい乳児の感染はやっかいだという。

 

薄っぺらい表現になるが書くことにする。

もしも殺虫剤や蚊帳の普及を進めていれば助かる命じゃなかったのか。

農業普及による所得向上、結構なことだがもっと優先すべきことがあるんじゃないのか。

ただ僕にとっては偶然見かけた赤子と母親にすぎない。安っぽい優しさや想いは余計なお世話だ。

 

書き出すときりがないわけだが、そんなことをモヤモヤと考えてしまっている。

 

答えの乱立する問い

命の差なんてのは無いと思う。
でも納得できない自分の気持ちもあって。

要らない感情なんだろうけれど、妙な罪悪感を感じてしまう。

各人の立場によって掲げる正義は違うのだから仕方がない。格差の是正、機会の均等、全員が平等に。こういう主張は誰かにとっては本心で、誰かにとっては戯言で。

答えなんてないわけだけれど、それでも思考を止めてはいけないと思う。悩み考えながら少しずつ最適解をその時々で見つけ出す。

いまなお命の差なんて何だかわからないけれど、こうやって向き合う時間が大切なんだ。

そんな風に思うわけです。

今日はため息多めでした。

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▷山形県天童市出身▶︎青年海外協力隊員 ▷jocv 2018-2 コミュニティ開発(農作物栽培×地域活性化) ▶︎大学卒業後→経理財務→焼肉屋→現在▷心地よい生活を求めライフスタイル探求中▶︎料理とお菓子作り好き▷色んなものを疑いながら日々生活中