子どもたちに金銭や食べ物を要求されたらどうするか

 

子どもたちに金銭や食べ物を要求されたらどうするか

今回は子どもたちによる金銭や食べ物の要求についてです。

途上国と言われる国に足を踏み入れると必ず経験するのではないでしょうか。

物を売りつけようとしてくる子、単純に物や金銭を要求してくる子、強引に引っ張り盗ろうとする子。

こうした子どもたちの要求に対し、どのように対応しているかをご紹介します。

※僕の任地のケースです/あくまで一例としてご覧ください

 

その地域の現状を知る

まずはじめに。

途上国と呼ばれる地域に対するイメージとはどのようなものでしょうか。

物資が足りない、政治体制が不安定、インフラが整っていない。

マスメディアの報道を通しこうした印象を抱く人が多いのではないでしょうか。確かにこうした問題が解消されていないことは事実です。

 

しかし込み入って説明すると、そうした情報だけでは説明しきれないというのが現状です。

実際にその地域に住み、現地の食べ物を口にし、人々と対面で話すことでしか気付けない課題があるからです。

それこそが地方の課題解決に繋がる鍵であり、そこを蔑ろにすることはできないのです。

 

僕の任地 ブニョレ地区の一例

例えば食料が足りていない村があるとします。

欲している人数は数百人を超えております。食料を一人ひとりに配るのは効率が悪いため小規模なグループを作ってもらいます。そしてそのグループ毎に配布を行うという算段です。

しかし実際にトラックの荷台から供給を始めると、一斉に人が押し寄せ混乱を招きます。

また全グループに配ったと思えば隣のグループに盗られたと主張し始めるグループが登場することも。当然新しいものが欲しいとも要求してきます。

それが本当か嘘かはこちらで判断しきれません。配給を終えるたびにチェックリストで人数をカウントし正しい数値を把握していますが、ひょっとしたら本当に受け渡しができていなかったケースも考えられます。

制限を設けなければ尽きることなく要求しますし、一度きりの単発供給で解決に繋がらないことは言わずもがな。

こうした現状のもとで日々考察しながら活動を進めているというのが現状です。

 

ですので、一概に貧困や途上国とレッテルを貼られている国に住む人々に対し、より慎重に,丁寧に情報を吟味し、その地域の現状を知る必要があると考えます。

 

信頼関係が構築されていれば提供する

前置きが長くなりました。
本題に戻ります。

【子どもたちに金銭や食料を要求された場合、信頼関係ができていれば提供する】

というのが僕の主張です。

次に信頼関係の定義と、主張を裏付ける理由3つ挙げます。

ここでの信頼関係の定義

ここで考える信頼関係は次の通りです。

名前で呼んでくれる
➟チャイニーズ、チンチョン、ヘイ、外国人、こうした呼称をする子にはあげません

どこに住んでいるかわかる(できれば住まいにお邪魔したことがある)
➟住所不定の子にはあげません

話を素直に聞ける
➟金銭や食べ物をくれとしか言えない子にはあげません

次に提供を裏付ける理由3つです。

 

需要と供給が成立しているから

子どもたちの多くは食べ物を欲しています。

普段彼らが食べているものは豆、小麦、葉物野菜など。人によって満腹具合は異なりますが、1日に必要なカロリーや栄養価を摂取しているとは考えられません。そのため食べものを要求してくることは自然なことだと考えます。

 

次に僕がこの任地にいるのは次のような理由です。

・欲している人の力になりたい
・友人を作りたい
・日本と異なる文化を学びたい

ともすると理論的にはマッチングが成立しています。なぜなら貢献したい人がいて、欲している人もいるからです。

需要と供給という関係が成立する以上、提供していいはずです。

 

貢献意欲をもっている

エムハヤに住む子どもたちをみていると、とても働き者であることに気付きます。

毎朝出勤する朝9時頃、空の容器を片手に歩いている子どもの姿をよく目にします。数キロ離れた井戸で水を汲み、家との往復作業を数回行うのです。

家に帰ると洗濯や食器を洗い、小さい子の面倒もみる。幼いながらも日々家を支えているのです。

こうした姿を目にし、彼らは人の指示を聞き行動することができる思考があるのだと気づきました。

つまり一方的な私利私欲ではなく、何か協力する・支えるといった貢献意欲があるということです。

 

ビスケットを渡すと”ありがとう”と感謝の意を伝えられる、10円あげたら●●してくれる、こうした相互関係を理解しうるのであれば提供しても良いはずです。

そしてその価値観は彼らがこれから人と接するうえで必要になるものになると考えています。

 

異文化への好奇心が育つ

多くの子どもたちが外国人に興味を示します。

それは容姿や言葉、そしてお金をもっているだろうという理由によるものでしょう。

ただ理由はどうあれ、自分と異なる文化に興味を持つということは良いことです。
なぜなら好奇心は行動するうえで必要なものであり、動機付けになりうる強い要素だからです。

好奇心に基づき外国人に接することで、自分たちと違う点を多く感じるはず。そしてその経験が彼らにとって役立つ経験になり得るのです。

人は経験や必然性を感じなければ思考も行動もできません。

その経験や出来事のひとつを育むための好奇心、これを育むためにも要求があればそうしたやり取りをして然るべきなのではないかなと思います。

 

体験を通して考え方を理解してもらう

ここに住む子どもたちに限らず、子どもは想像以上に素直です。

表情や態度に彼らの感情は顕著に現れます。同時にそうした発信に対して言葉でだけ説明するのにも限界があります。

なので実際に行動を通して事実を目の当たりにしてほしい。またそのときの思考や考え方を蓄積してほしい。

体罰などの悪い例を除いて、体験し考えるという行為は大切です。

ここ数年でこの任地の様子が変わるとは思えませんが、これからを担っていく子どもたちと向き合っていくうえでこうした考え方は必要であると思います。

ぜひ各国で活動されている方がいらっしゃれば、ぜひ一度考えてみてはいかがでしょうか。

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ABOUTこの記事をかいた人

▷山形県天童市出身▶︎青年海外協力隊員 ▷jocv 2018-2 コミュニティ開発(農作物栽培×地域活性化) ▶︎大学卒業後→経理財務→焼肉屋→現在▷心地よい生活を求めライフスタイル探求中▶︎料理とお菓子作り好き▷色んなものを疑いながら日々生活中