地元山形での生活から考える これからの働き方について

 

おはようございます。鈴木です。

体調だいぶ回復しましたが、おかげでもってきた経口補水液系は全部使い切りました。残り1年9ヵ月はリンゴジュースでなんとかします。

そんなわけで昨日はずっと自宅におりました。活動準備や読書やネットサーフィンをしながら休息です。

 

そのなかで地元山形から届いた郵便物にはいっていた地元誌が1冊。平成を振り返る=そのまんま自分の人生録な僕なので読みいってしまいました。

ひと通り読み終えて、山形に対する喜怒哀楽は寄稿者それぞれあれど、みんな『山形県を愛しているなあ』と感じました。

10代から60代までの方々の経験や現状に対する想いを読んで久々にボロボロ泣きました。弱ってるのかな。

 

そして少し落ち着いたいま、ああなんか書きたいなと思い文字を起こしているわけです。

生まれてからの懐古に暮れても仕方がないので、僕は山形出身の20代として、働くことに対する想いを綴ってみようと思います。

 

 

地元山形と仕事

まず山形県の魅力について存分に書き綴ります。

お蕎麦(全国生産量3位,蕎麦の実の産地)
秋の芋煮大会(秋といえばこれ)
地酒,酒蔵も多い(飲めないけど)
山菜(根曲がり筍が特におすすめ)
庄内平野の夕焼け(田畑に移る紅色が絶景です)
山寺(あの厳かな中で物思いに耽る時間がいい)
月山(お釜もいいですが冬の時期の樹氷も素敵です)
さくらんぼ(生産量日本一。スタディーツアーも最近増えてます)
お米(つや姫,雪若丸,はえぬき,どれも好きです)
温泉街(銀山温泉が有名ですが全域に点在してます)
ラーメン(鶏ガラスープのあっさり系が多いです)
花笠まつり(東北六県でも控えめなお祭り感が好きです)
どんどん焼き(いつの間にかソウルフードになってたらしい)

2,3分でこれくらい書くことができます。それくらい魅力的なところはいっぱいあります。僕が好きな山形の魅力です。

 

ただこの魅力を感じたのはすべて18歳以降のことです。

もっと分かりやすくいうと山形県を出てからです。高校生,18歳まで考える機会がなかったというのが実感です。

 

当時山形に対して抱いていた感情と、社会で働いてみての両面から3つ理由を書いてみました。※※ぜーんぶ鈴木個人の見解です※※

 

魅力を感じるほどの経験値が無い

これは高校時代の思い出です。ある数学の先生がセンター試験数か月前補習講義室でおっしゃっていた言葉をよく覚えている。

 

「山形はいっぱいいいところあるんだけどなぁ。山形で働くってのもひとつの手ではあるんだがらな。」

この言葉の意味が良く分からなかったのをよく覚えている。なにが魅力的なのか、山形で働くってなんだ。

 

そもそも受験のための勉強しかしてない僕には山形に魅力を感じるための時間なんて無い。

 

だいぶ尖った考えをしていました。いまも割と尖っているけれど。

いまならその先生が仰ることは何となくわかる。それだけの体験をし経験値として10年蓄積されてきたから。

 

残雪の月山を歩き、根曲がり筍を地を這いながら取り、雪解水を口にし、10:1蕎麦をすすり、天然舞茸の香りを知り、庄内平野の広大さを目の当たりにした。

どれも唯一無二の場所であり、たしかにここ山形でしか経験できないものだ。

 

 

なのでこれをやればいい。僕の時代は総合学習という授業があり、生徒の自主性に任せた授業なんかもあった。

最近では生徒が企業連携をして地元食材の開発,栽培,現地調査,などの体験型授業を積極的に取り入れているという話も地元山形の教員から聞く。

 

「楽しい」「感動する」そういった経験を若いうちに積ませる。

アクションを起こすことが大切だと思う。

 

 

親の過保護

念を押しておきますが僕の見解ですからね。笑 大学生になって一人暮らしを始めてから親と連絡を取ることが多くなりました。電話やSNS,このブログもまた親に伝えて定期的にみてほしいと伝えてます。

母のほうが頻度は高いですね。父はとーっても威厳のある人なので今でも敬語使ってます。笑 どちらも自慢の父と母で、育ててくれたことに感謝の意をいつも伝えています。

 

 

ただ少し過保護だなと感じる部分がありました。

 

例えば中学生のころのお話し。

パティシエとシェフの専門高校に進学したかった僕はパンフレットを取り寄せました。

インターネットでどんなコースがあり、どんな年間スケジュールで、調理施設はどうなのか。

この辺までは調べたんですけどお金とその先のビジョンが甘かったですね。いざ親にパンフレットを使いながらシェフかパティシエになりたいと伝えると。

 

「お金はどうするの?私立だから高いよね。卒業後はどこで働くの?一般教養は普通校より少なくなるよ?」

 

的確でまっとうな意見に強く気持ちを伝えきれず完敗でした。

もちろん僕のことを思っての発言です。(だと思ってます。)お金を貯蓄するため、その先の多様性をたもつ為にも、コストを抑えかつ潰しが利くような進路に進める。念を押しますがこれも立派な判断だし僕も感謝しています。

 

 

ただ子供が欲している環境と親が求めている環境はほぼ対立するものだ、ということです。

子供がやりたい,楽しそうと思っていることを、親が理論や予見で説得しようとすれば余計にそうなります。

そうした状況下で高校で勉強しても、先述したような「楽しい」「感動」を得るきっかけにはなりにくい。もちろん生活の中で見いだせる人もいますが。

 

「やりたいようにやりなさい」そう言った方が本人も覚悟ができ、そこで挫けそうなら責任の重みという学びを当人が経験できます。

進学が当然とされる社会ならなおさら、当人の意見や行動原理に耳を傾ける。そうした話合いの機会を増やすべきだと思います。本人の楽しいが何なのかを一緒に考えるべきです。

 

余談です。お金も無く頼れる存在もいない環境を一度経験すると割と逞しく生きていけるようになるので参考まで。

 

世代間の仕事へ対する実感の違い

最後に社会で働き始めてから実感したことを書いて締めようと思います。

 

経理財務関係で4年半働いたので、世間でいうところのお堅い感じの仕事をしました。

実家に帰ると親はそこまで言いませんが、親戚関係は大喜びというか誇らしげというか。会計事務所なんてすごいねー、決算やってるんでしょー、と。

逆に僕の高校の友人で同人誌のエロ漫画で生計を立てているニートが数名いるのですが、彼らの話を聞くとやはり親に理解されなかったり高校の友人と疎遠になったりしたようです。

 

この例でなにを伝えたいかというと、その仕事や業界に対する有識者でもないのに意見主張を無意識にぶつけてくることです。価値観の対立と表現してもいいと思います。

 

経理財務なんてコツさえつかめば誰でもできる作業です(※それが得意でルーティンワークとしてお仕事されている方もいるので、その方はその才能をこれからも発揮していただきたいです。僕には難しいのです)

 

逆にエロ漫画を書き、しかも報酬で食費や自分の生活費は稼げるって、僕はよっぽど価値のある才能だと思います。

なにより本人がそれを楽しんで、その延長で生きていく(=稼ぐ)ためには、哲学にも似た本気度がなければ到底できません。

 

世間体や不確実性に対する不安を抱くのは人間なので当然あります。そして実際それは起きています。

 

ただ本当に考えるべき不安要素は、失敗したときに立ち上がって前を向くことができない状態になることです。

その失敗をしてしまったら再起不能になる、その後の人生が物理的に行動できなくなる、これが本当に考えるべきリスクです。

 

そこさえ抑えていれば正直なにをやってもいいと思います。ただこの通りに伝えたところで理解はしてもらえませんし、なにより本人も周りとの関係は崩したくはないはずです。まして地元や家族であればあるほど。

 

なので自分もそれを理解して貰えるような工夫や伝え方は磨いていく必要がありますね。

 

久々に長文打った

1時間半もかかってしまいました。
毎日書いていてもまだ1ヵ月。なかなか文章構成と表現方法がスムーズに出てこないので難しいです。

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ABOUTこの記事をかいた人

▷山形県天童市出身▶︎青年海外協力隊員 ▷jocv 2018-2 コミュニティ開発(農作物栽培×地域活性化) ▶︎大学卒業後→経理財務→焼肉屋→現在▷心地よい生活を求めライフスタイル探求中▶︎料理とお菓子作り好き▷色んなものを疑いながら日々生活中