最近おもうことまとめ

なんかいま充実してる

路上を歩いたり、自宅でお茶を飲んだり、農家と話をしたり、ここケニアで生活する中で心地よい時間が多くなった。

四季がないとか友人や家族が側にいないというのは寂しいけれど、それとはまた別次元で日本で働いていた時よりも生きやすい。

生きている環境が日本とケニアで別物だけれど、その理由ってなんだろう。

そんなことをじっくり考えてみたので記事にしてみました。なにか漠然と行き詰っている人は良ければ読んでみてください。

 

日本での生活状況を分析してみた

日本で働いているとき、日常を過ごしているとき、どんな生活を送っていたか書き出して分析してみた。

行動、時間割合、思い悩んでいたこと。

それを並べて行ったら大きく3つに分けられたのでご紹介します。

現代日本人が生き悩んでいるように見える理由やその解決方法の考察に繋がればいいなと思います。

 

 

膨大な情報環境

SNSの発達で手軽にいっぱい情報を入手できるようになりましたよね。アプリさえダウンロードすれば端末と通信費だけでいくらでも情報が手に入る。

多様な価値観を新聞のような活字だけでなく、写真や動画で見る機会が多くなりました。

しかしこうしたものが個人単位で一度に大量生産されると、当然目にする量も増えますね。

さらに似たような情報や誤認する情報も流れているので、自分の求めるもの以外も視覚的に処理してしまいます。意識して使い分けていれば別ですが、そうでない人は脳内パンクしちゃいます。

 

働き方の多様化

独自性と分析力のある個性の登場ですね。

賢い人が個性を売り出し始めました。SNSを駆使しニッチな産業で儲けを出すようになり、その珍しさからインフルエンサーという単語やその実績がメディアで取り上げられるようになったのはここ数年です。

これを同じように真似する人も増え、結果的にビジネス展開されているのが現状です。

しかし似たような産業に集中するということは、差別化できずに飽和します。もちろん相当な技術や経験知があればその場で捌けると思いますが、凡人の僕らには無理です。

こうした日本人に見られる忍耐力や根性論と、自由な生き方や普通雇用よりも高収入を得ている人への憧れによるジレンマがその一端なのかなと思います。

 

想う人

これは私情も入ってます。笑
でも結構割合としては多いんじゃないかな。

想う人や大切な人へ対するできごとや感情と、自分の理想や夢とを比較してしまう。もしくは単純に恋煩い。笑

家族や恋人や周りの友人、いろんな人がいろんなことを言う中で、そんな自分を本当に好きでいてくれる人とさえいればいいと思うんだけど、いらない気を遣ったり、日本人的な無駄な配慮をしてしまう教育を受けてきた。

まったく悪いことではないけれど、結果的にそれが煩わしさになりうる点は問題だと思う。

 

 

こんなことしてみたらいいと思う

SNSの利用方法の明確化

それぞれの媒体の使用用途を明確にする。そうすれば必要な情報と行動だけに集中できて、時間も意識した生活ができる。

具体的にはこんな感じとか。

facebook:本当に親しい友人,対面したことの方への近況報告のため
twitter:新鮮な情報収集、出会ったことの無い人との交流、情報発信の練習のため
instagram:日常やネタの投稿、友人たちとの交流の場
ブログ:ストック型の情報蓄積ツール、活動記録など情報整理、不特定多数の人に自身を知ってもらうため

よく年明けや年度初めの抱負なんかで目にすること多いですよね。

 

具体的に行動してみる

そんな極論をと思う人もいると思いますが、これに尽きます。

失敗したとしても、そこから次に同じ失敗をしない方法をしっかり身につければ一歩進んだことになるので、積み重ねれば達成できます。

 

端的なお話をすると、綱渡りがいい例えだと思います。

命綱さえしっかりしていれば、仮に落ちたとしてもちゃんと綱を張っているので死にはしません。どうして落ちたのかをもう一度考え、落ちないような工夫をします。結果として一歩前進したことになります。

しかし多くの人は命綱のことは気付かず、いかに落ちずに一度に渡り切るかを考えます。失敗する可能性がゼロになることはないので、まず難しいです。結果として考えばかり熟成し、行動に移せなくなります。

真に考えるべきは「再起不能になる状態」であって、そこさえしっかり準備できていれば問題ありません。失敗しましょ。

 

文字に起こして説明してみること

人に何かを伝えるということは、伝えたい要素や事実を理解していなければ言えない。

理解していても構成力や編集力が無ければそれらを組み立てられないので、結果としてちゃんと伝えられていない可能性がある。

 

前の上司に大体仕事が上手くいかないときの原因の多くは、意思疎通ができていないことに起因するって言われた。本人にも伝えたけどその理論展開は後半から根性論になったので無理ですと言い返した記憶がある。笑

 

例えば練習するならtwitterやブログなど色んなSNSで投稿する際に、編集メモのようなものをつくり、事前に伝えたいことをまとめる作業をする。

そのうち慣れてくると頭の中ですぐに組み立てられるようになり、理論的なお話の伝え方ができるようになる。

 

 

おわりに

漠然とした表題に対してすごく論理的な見解ばかりになってしまったけれど、これを事実として受け止め、一つずつ解決していかない限り、こうした問題の解決には繋がらないと思う。

ここまでの人生で出会った大切な人たちとの時間や関係をもっと深めるためにも、こうしたことを少し意識してみると、少しは充実した人生になるんじゃないかな。

2 件のコメント

  • そういった思想、意識は素敵な事だと思います。
    僕もそうでありたいと願うことは多々ありますが、現状に周りの人間がそういう人間で無いので諦めが勝ってしまいます。
    最近はこういった鈴木さんみたいに理論派の人間もそんな多くないですし、思考が止まった人ばかりと思えてしまうんですよね。
    あとは何も考えてない人が多すぎる。
    仰った通り、思考が増えた方が充実した人生が送れるとは思うんですけれどもね、今の社会への不満です。

    • 嬉しいです。

      僕の思いは書いた通りです。なので、お店にいるときにたまにお伝えしたけれど、おおさわ君のような生き方をする人が僕は本当に好きです。だし、それが良い生き方だと実感してます。

      うん、限られた時間のなかで世の中全部を知ることはできないけれど、少しずつ色んなことが分かるようになること、そして自分が楽しいなと思うこと、これを突き詰めて時間を費やせば良いと思うんですけどね。

      同じく社会への不満でした。笑 少しでも多くの人にとは言いません、現状を変えたい人だけ理解してくれれば良いと思ってます。

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    ABOUTこの記事をかいた人

    ▷山形県天童市出身▶︎青年海外協力隊員 ▷jocv 2018-2 コミュニティ開発(農作物栽培×地域活性化) ▶︎大学卒業後→経理財務→焼肉屋→現在▷心地よい生活を求めライフスタイル探求中▶︎料理とお菓子作り好き▷色んなものを疑いながら日々生活中