礼拝に行ってきた

 

初めて教会へ礼拝に行ってきたお話

今朝7:00に友人のJaletから電話があった。

『まさ、今日教会に一緒に行かない?妻と子供も一緒なんだけれど、良かったらぜひ。』

彼は中心部の家電量販店で働いており、僕が生活設備を整える際に協力してくれた。
その後も顔を出したりするうちに仲良くなり連絡先を交換した仲。

既に何度も顔を合わせている仲なので、何かに巻き込むような人柄でないことは分かっていた。しかも日曜に教会というのは至って普通のこと。

考えてみれば教会の中に入ってみた経験は何度もあれど、最初から最後まで経験したことは一度もない。

 

これはいい機会。

今日はどんなことが教会で行われていたのかと、そこで感じたことをお伝えします。
初めてなのでこれがオーソドックスなものなのかは不明です。

 

まずはJalet宅へ

彼は8時に僕の家に来ると言った。

本当に勤勉で爽やかなJaletは接客もとても感じよく接してくれた。その彼が8時に来ると言われればやはり8時に来ると思っていた。

 

惜しい。9時だった。

 

こっちの人にとって時間はあくまで目安。
もう体内時計的なものが全てを支配してるんだろう。

怒りや呆れがあるわけではなく、ああ、そうなんだな、という真面目な見解。

 

ともあれ彼と一緒にご自宅へ。奥さんとお子さんがお出迎えしてくれ紅茶を頂きのんびり。

準備ができたのでいざ教会へ。

 

そこら中に教会

歩きながらJaletに色々質問してみると発見がいくつもあった。

まず僕がイメージしていた協会はいわゆるゴシック建築の角々した建物。

イタリア,ミラノのドゥオモ大聖堂。本当に煌びやかで美しかった。こういうのをイメージしてた。

 

でも全然違った。

というか想像力不足の自分に情けなくもなったのだが、そんな厳かな建築物が地方に存在するわけがなかった。

実際はこんな感じだった。

とたん屋根にペンキで文字が書かれている簡易的な建物。

こうした建物がここルアンダにはいくつも点在しているという。これも教会。

これは彼らの神に対する信仰心が強く、日曜日はもちろん時間があればすぐに礼拝へ行けるようにするため点在するのだという。

彼は土曜と日曜の午前中以外は出勤しているのだが、その土日の休みは家族で礼拝へ毎週行くという。

日本でいう社に近い感覚だろうか。小さな神社は確かに日本も各地に点在している。

 

歌う叫ぶそして学ぶ

中に入ると椅子がいくつも並んでおり前方にはステージが。ドラムやキーボード、マイクなどが並んであり簡易ステージがそこにあった。

着席し10分ほどすると司会らしき女性の語りとともに演奏が始まった。ハレルヤや聖歌らしい曲を10分くらい歌い続ける。

 

 

その後司会進行役が交代。

男性にマイクが渡るとスイッチが入ったように語り出す。

『ああ神よ、今日も我々に教えを与えて下さりありがとうございます。新たな年を皆で祝いましょう』

こんな感じの話し出しで彼の進行は始まった。

数分すると参加者は聖書を取り出し彼の指定したページを開く。

 

『I’m unmeasurable!! Mimi siwezi pimwa kabisa!!!』

急に叫び出した。
それに続いて参加者も音読する。

これは聖書に記載のある教えを皆で音読し、進行役の彼が詳細な教えを解説するというものだった。

今日のテーマは「自分自身は誰かに決められたり測られるものではない」というものだった。

牛に括り付けるロープを足枷として使ったり、身近な例を挙げながら、丁寧かつ情熱的に説明していた。

 

挨拶と言葉

最初の合唱からここまで1時間半が経過。
彼の教えが終わると初見の人を紹介するコーナーが始まった。

そして当然ながら僕に真っ先にマイクが渡ってきた。笑

自己紹介をスワヒリ語を終えるとみな拍手喝采と叫び。ステージ上のドラマーもすごい勢いで叩く。

帰り際数人が寄ってきて挨拶をしてくれた。スワヒリ語が良くできているわ、とても綺麗なスワヒリ語だったわ、など。

感覚的なことだから確証はないけれど、
自国の言語(国語)で意思疎通ができることの意味は大きいように感じた。

心を通わせる=精神的,文化的な習慣をともに経験する、これも一つ答えだなと強く感じた。

 

 

神への奉仕とお金

もう一つ印象的な出来事があった。
教会への寄付金額だ。

演奏者や進行役の彼らはグループに属しており(独自組織,NPOとかそういうのではない)、運営資金や新たな教会の建設費用に充てられているのだそう。

ともあれ僕も寄付をしようとするとJaletが代わりに出してくれた。

 

その渡してくれた金額に驚いた。

200ksh

200ksh=約200円なのだが、物価対比を少しお伝えすると…

 

卵1個:10ksh
大皿いっぱい,飲み物1杯):60ksh
レストランランチ(オムレツ,ポテト):100ksh
ワゴン移動(30km前後):150ksh
ミネラルウォーター(10ℓ):200ksh

200kshあれば贅沢しなければ1日過ごすのに十分な金額。それをドネーションするというのは驚いた。

これは実は以前から感じていたことはもう一つあって、職人に作られてるフルオーダーメイドの棺桶をよく目にするのだ。

以前聞いたことがあるのだが一つあたり20,000ksh。日本基準なら高くはないけれど、ここではかなり高価。

 

まだ参列したことは無いけれど、お葬式は壮大に盛り上がるらしい。

死んだのち神に召されるのだから、葬式やその各種備品にもお金をかけるというのがここの風習らしい。(参列する機会があればまたレポート予定)

彼らの宗教に対する想いがお金からも垣間見えた。

 

 

アンディちゃん

Jaletのお子さんアンディちゃん、まだ9ヶ月らしい。

こんなに小さな頃から礼拝に参加し、その習わしを学ぶというのは日本にはほとんどない。

恐らくこうした価値観を共有する場所があるから文化となり、次世代に引き継がれていくんだろうなと今回参加して思った。

 

日本の場合こうした価値観を共有する場に参加することはあるけれど、その頻度や深さはその程度ではない。

自分で魅力を見出したり、強い動機付けが起きない限り無関心になるのも当然。

好きなことをして生きていけるいまの日本なら、別にこのままでいいと思うな。

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ABOUTこの記事をかいた人

▷山形県天童市出身▶︎青年海外協力隊員 ▷jocv 2018-2 コミュニティ開発(農作物栽培×地域活性化) ▶︎大学卒業後→経理財務→焼肉屋→現在▷心地よい生活を求めライフスタイル探求中▶︎料理とお菓子作り好き▷色んなものを疑いながら日々生活中