Profile

鈴木雅仁 | Suzuki Masahito

【略歴】
1991年山形県天童市生まれ。青森公立大学で経営経済学部入学。会計分野で非営利組織会計を 専攻。大学卒業後、会計事務所及び一般企業に就職し、経理財務担当として4年半勤務。その後退職し、青年海外協力隊へ参加。2018年10月から2020年10月まで東アフリカ, ケニア共和国の西部ビヒガカウンティへ。開発教育や農作物栽培に関するオフィス業務のサポートを行う。

自己紹介

背景

ブログをみてくれている人が増えてきたので、もう少し自己紹介を詳しくしようと思います。ご覧頂いている皆さんありがとうございます。

経歴

<高校時代>

コツコツ勉強するタイプ。朝始発で学校へ行き、灯油ストーブの前で友達と雑談しながら勉強。

学級委員やテニス部部長を務めるなど、人前で活動することへの抵抗は無かった。

控えめな性格で積極的に誰かのところへ話しかけに行くような事は無かった。

ただ一度心を許すとよく懐き、その奔放な様子から天然と良く呼ばれていた。

 

<大学時代>

高校に引き続き真面目だった。定期試験では在校生1,500人前後の規模で上位10名にほぼ毎回入選されるほど、勤勉さは健在だった。

一方でスマブラ、麻雀、パチンコ、ボーリング、飲み会と大学生の鏡のような娯楽生活も存分に楽しんだ。ゼミに在籍している友人たちのおかげで日々の生活は充実し、旅行へ行ったりサークル活動をしたり、この辺は普通にキャンパスライフを謳歌していた。

また大学1年の頃、大学初の米国留学制度が確立され、審査の結果採用してもらい3ヶ月間の単身アメリカ留学へ。

東海岸マサチューセッツ州ボストンの語学機関で英語を使ったプレゼンテーションとライティングのスキルを学ぶ。

-最初の1週間目-
契約済みの部屋に別の人が既に入居、火災報知機稼働、学生食堂利用不可、指定ワクチン不接種の誤認通知などなど。

MITとハーバード大学から眺めるチャールズリバーをみて何度飛び込もうかと思ったくらい辛かった。笑

帰国後は取得したコミュニケーション能力で自信を付け、カンボジア、ボリビア、マレーシア、イスラエル、イタリアなど全12カ国を訪問。

多様な文化や国民性に触れ、分かることがどんどん楽しくなっていく感動を覚える。

同時に日本へ対するメリットとデメリットにも気付き始めながらも、周りの勧めもあり一般企業へ就職。

 

<社会人1年目>

卒業後は会計事務所に入社し働きはじめる。社員は総勢16名。新卒5名/20代4名/40代6名/60代1名の構成。

しかし入社するとよく分からない洗礼を受けたため7ヶ月で退職。

・部署内での定期的な無視  // 処理したことの無い業務を見てこなしてくれという指示 // 駐車場の雪掃き&所内清掃(新卒が1年間やる)(7:00am-/無給) //  最初の1ヶ月は8畳ほどの和室で昼食を取らなければならないという謎ルール(笑) //  電話は1コール以内にとる

いまこうして振返ってもその必然性を感じない。笑

とはいえ基本的な経理業務や給与計算,コンサルティングに関する大まかな概要や仕組みは理解できたのでその点は良かった。

 

<社会人2-4年目>

その後都内にある一般企業の経理財務として再就職。

債権債務管理、CF計算書の読み方作り方、その他経理事務を上司のもと学ぶ。

大変面倒見の良い上司に恵まれ、帰宅時のご飯や仕事の悩み、そうしたことを厳しくも温かく伝えてくれる方であった。

 

しかし入社して2年が経つ頃、その上司が電車内の痴漢により逮捕。突然上司がいなくなり、その事実が発覚した2週間後には決算業務が控えていた。

自分とパートのおばちゃん2人で担当税理士とやり取りしながら処理することに。なんとか形にはなった決算書に少しだけ自信を覚えた。

その後新しい上司を迎えたのだが、敏腕マンパワーの方でその仕事への熱意は完全に社内で乖離していた。会計原則など座学はもちろん、実績もあるため、その仕事へのプロ意識は本当に素晴らしかった。

しかしそれを実務にすべて落とし込もうとする傾向があり、過去数十年に渡って蓄積された債権債務の検証や、書類整理の徹底を経理でするという話になった。

上層部はこれに対し一任するとの見解を示し、結果3カ月ほど8:00-23:00勤務が経理内では日常化してしまった。体調面も良くなく、働く意味を僕はそこに見出せず、次第に働きたくないという感情が生まれてきた。

そんなあるとき、青年海外協力隊の広告を電車の中吊りで見つけた。もともと新卒で受けようと思っていたが、社会人経験を3年は積んだ方がいいとの勧めで一度離れていた案件。

タイミングとしては申し分ない。
よし、行こう。辞めちゃえ。

 

<焼肉屋でのアルバイト>

合格が決まる前に辞めた。理由は海外で働くことへの自分の熱が冷めなかったこと、そして現状の働き方では自分の時間が作れないと感じたからだ。

とはいえその間無給&引きこもって過ごすのはもったいない。そこでアルバイトを始める。赤羽にある個人経営の焼肉屋さんだ。

正直ここでの働き方が一番人生の中でよかった。

・バイト仲間の趣味や生き方の軸がしっかりしていた
・仕事に対する干渉がほとんどない
・同年代が多く価値観がとても近い

前職2社でも近しい人はいたのかもしれない。しかしこの職場にいる人はプライドや派閥のようなものはあまり無く、プライベートが良くも悪くもオープンにしやすい環境であった。

現にいまも連絡を取っているのは焼肉屋で出会った人たちだけで、前2社の人とは連絡はとっていない。

それは自然なことで、自分と価値観の近しい、気の合う仲間だから繋がりが続いている、というだけの話。

 

<現在>

そして現在、無事に合格が決まりケニア共和国,西部ビヒガカウンティ,ルアンダで生活している。任期は2020年10月まで,職種はコミュニティ開発,農家に野菜栽培や開発教育についてワークショップを開いたりする。

とはいえこちらの人は時間に対してかなり、相当ルーズなので、勤務時間は3時間前後で終ることが多い。畑に出る日は7,8時間勤務だが、それ以外は基本的にのんびりしている。

なので最近はSNSでの情報収集や、情報発信の練習、そして雇用されて働いた経験から、時間に縛られない自由な稼ぎ方をこの2年で学び実践すべく、その時間に費やしている。

 

趣味

料理

大学生になってからより本格的にやり始めた。母親の影響で料理やお菓子を作るのが好きになり、その後現在も続けている。好きな食べ物は和食全般と納豆汁とアップルパイ。ケニアに来てからも色々作っている。

旅行

国内外問わず好き。自分の知らないことを目の当たりにして、それが分かると感動する。とにかく体験するのが好きだ。一人旅が多いけれど、友達や彼女と旅行するのも好き。色んな環境を楽しめる方であれば大歓迎なので、ぜひ行きましょう。

人と話すこと

学生時代から友人と話すことが好きで、主に将来についてや恋愛ネタが多かった。実際オフィスワークよりも焼肉屋で働いていた時の方が楽しかった。対面でお客さんと話したりする意味は大きかった。

対面でも文字でも、人と関わることは好きです。

 

やりたいこと

自分と自分の周りにいる人と過ごす時間を継続的に確保するため、時間に縛られないお金の稼ぎ方を、情報発信と開発教育を通して実現すること。

 

さいごに

少しでも興味をもってプロフィールを読んだくださりありがとうございます。今後より情報発信に力を入れ、自分の理想とする生き方,働き方を体現します。
よろしくお願いします。

 

【関心を寄せているテーマ】

・コミュニティ開発の進め方

・SNSでの情報発信について

・時間に縛られない金の稼ぎ方(ブログ,note,youtube,etc…)